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あの人は「会社人間」だから、といった表現がありますが、この言葉を聞いてどう思いますか。

「会社人間は家族のことをないがしろにしている」というテーマのテレビドラマがたくさん見受けられますし、その中では妻や子供に対する思いやりが無く、ただひたすら仕事に没頭する哀れな人間像を描くことで、その虚しさを強調することが多いようです。

そうかと思えば

逆にマイホーム主義的な側面を強調するドラマもあります。こちらは、いつも定時で退社し、責任ある仕事には就けないが、明るく坦々と生きる姿を描くことが多いようです。

これはドラマ的に面白くするために、共に「極端な生き方」を描いたものと思いますが、「人はどのように暮らしていくべきか」という一つの問題を提起しており、気になるテーマとも言えます。

「何故、会社人間になるのか」

という理由ははっきりしています。収入を確保しなければ安定した生活を送れないということに尽きます。その延長線上に働きやすさが加わります。それを求めると職場の人達との人間関係の円滑化、すなわち「仕事を優先する」という考え方になります。

更にそこに、

「生きがい」という要素が加わります。仕事というのは辛いと感じる反面、困難であればあるほど、それを克服して満足感を得たいという側面も併せ持っています。この側面が「生きがい」をもたらすことにつながっていきます。

つまり仕事には「経済的安定」、「自己実現」、「社会的使命」などさまざまな側面があることで優先度が高くなっていきます。

結果として

「会社人間」は生まれやすいものと言えます。多くの人が「時には辛くても、大方は楽しく働くことで収入を得てその結果、家族に良い生活を提供できることは良い生き方だ」と考えるであろうことは予測できることです。実際に良い生き方だと思いますが、ただいくつかの点において問題を抱えることになります。

それは

「収入の安定=家族の豊かな生活」という考え方の固定(短絡)から生まれます。仕事が辛いほど、そのように思いがちですが、場合によっては人としての側面(価値観)の優先順位が変化する時があり、これを見落とすことで問題が発生します。

人は

家庭においては家庭人としての側面を持っています。「親」、「伴侶」、「家長」など、家族との共同生活者としての様々な側面があります。

このいずれかの側面が必要な時に、それを完全に放棄することで信頼感をなくしてしまうことがあります。通常は「辛い仕事をして家族の経済を支える」という「家長」としての側面で信頼を得られていますが、時にはそれに優る側面が必要になることがあります。

たとえば

「病気」などの緊急事態の発生が考えられます。「家長」としての側面より、「親」あるいは「伴侶」としての側面が問われることになります。この場合は「生活の安定」より「家族としての一体感」を優先させるべきですが、これを放棄すると「親」あるいは「伴侶」としての信頼感を失うことになります。

必要な時に、

必要な側面を大切にする気持ちがあれば、必ずしも完璧に果たすことができなくても信頼感を失うことはありません。「姿勢」が「誠実の感」を呼び起こし、絆を保ち得るからです。たとえばそれによって仕事に穴を開けたとしても、職場の理解は得られるはずです。何故ならそのようなことは誰にも起こりうることだからです。

人は

瞬間的に変化することには、なかなかうまく対応できない生き物といえますが、その時々で優先順位を変えて、精一杯の誠意を尽くす限り、信頼感は失われることはなく、結果として良い人間関係をまっとうできると思います。

要は「少し器用に行動して調整しよう」と思えるかどうかに、かかっているのではないでしょうか。

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