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知人(H.O)さんからメールがきました。 メールの内容を以下にそのまま掲載します。

詩集「言葉の河」- 詩「悪魔」の読後感想です。

詩を読んだ後の、心に残った光景です。

『ひなか、あおい海や、みどりの森の、ファミリーのゆめをみる。そこでは、漆黒の夜のとばりに隠されると、ファミリーは失われ、最後のひとりとなり、塩の結晶をつみかさねた塔の上から、だれもいない塩と雪のふきあれる氷点下の世界がみえる。やがて決まってファミリーの世界に思いが移り、じぶんのいつわりを告白したくなるが、この星は海と森のぬけがらであり、長い間、自分には愛もにくしみもないことに気づく。』
このような光景や、振る舞い、思いなどが、私の心に残りました。

いつも、

なつかしい人達の思い出が頭をよぎるが、夜になると、胸の内を話したくても、それを聞いてくれる人達が誰もいない、ということに気付かされる。

自分以外には誰もいないという思いが続き、やがては愛とか憎しみとかの感情も、いつの間にか消えてしまったという、強烈な孤独感、あるいは喪失感が伝わってきました。

「人は助け合って生きている」

という言葉を、何かの本で見かけましたが、喜びも、悲しみも、苦しみも、全て群れの中の一人としての感情であり、全くの孤立状態においては、一切の感情は消失するものかも知れません。

「人生を楽しむ」

という表現がありますが、この言葉は、いい暮らしをしたり、面白いことを経験したりすることで得られる「楽しみ」のことを、いっているというよりは、心の通じ合う人達と、一緒に生きることで得られる「楽しみ」のことを、いっているような気がします。

「自分のために行うよりも、他者のために行う方が、より大きな幸福が得られる」という考え方もあるようですが、それも人としての群れの習性が生み出すものではないかと、思いました。(H.O)

以上が知人(H.O)さんからメールでした。またメールがあり次第掲載させていただきます。

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