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最近「舛添知事」に関する報道が多くなっています。

【議員は疑惑に迫れるか?知事がかわすのか…舛添知事への集中審議の開催決定 総務委理事会】

東京都の舛添要一知事の政治資金「公私混同」疑惑に揺れる都議会は9日、総務委員会の理事会を開き、舛添氏への集中審議を開催することを決めた。日程は各党の意見が分かれており、協議を続ける。

7日の代表質問、8日の一般質問で舛添氏が疑惑について詳しい説明を行わなかったため、一問一答方式の集中審議が必要と判断した。
(産経ニュース 配信)

各メディアで

連日のように舛添知事に関するさまざまな報道が行われています。

先日、舛添知事の「公私混同」疑惑に関しての精査の結果(精査といえるかどうかは別の問題として)が報告されましたが、その中で「不適切」という表現がいくつかありましたが、この言葉には大きな違和感を覚えました。

「違法ではないが適切とはいえないので修正すべき」という内容が、「修正すれば良いこと」という意味合いに聞こえたことが、その違和感の原因でした。

仮に不注意で間違えたということなら

笑って修正できますが、いろいろな不適切が指摘されるとなると、多くの都民には意図的な不適切行為と映るのではないでしょうか。

もし意図的に不適切行為が繰り返されていたとするなら、単に修正すれば良いでは済まされません。多くの都民を代表する公人としては、都民との信頼関係がもっとも重要で、それを失うことになるからです。

信頼を失うことになれば、

仮に何かを決めて都民に協力を求めるとしても、決してその協力が得られるとは思えません。

ここは潔く「意図的な不適切」を詫て、新たな一歩を踏み出して欲しいと思います。それが多くの都民の願いでもあると思います。

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