股をくぐれと言われれば、なんぼでも

自由党・小沢一郎代表が次のように述べたそうです。
『(野党内での)過去のいきさつや恩讐を乗り越えるべきだ。私も股をくぐれと言われれば、なんぼでも股をくぐるし、謝りもする』と。


 


(安倍政権は)とにかく平気でうそをつき、悪いことが見つかっても全く責任を取らない。なぜ、こんな政治がはびこるのか。野党がだらしないからだ。

(野党内での)過去のいきさつや恩讐(おんしゅう)を乗り越えるべきだ。私も股をくぐれと言われれば、なんぼでも股をくぐるし、謝りもする。日本の国、社会が危うくなっている。個人的な経過や感情にとらわれている場合ではない。

この際、みんなまとまろう。一緒の政党になるのが難しければ、「オリーブの木」(小政党が選挙協力して政権の受け皿をつくる構想)でもいいから、一つのグループとして選挙を戦おう。なんとしても、5月くらいまでに野党の一体化を実現したい。7月の参院選で、自民党を過半数割れに追い込み、安倍内閣を退陣させたい。(2日、浜松市での講演で)


 

夏の参院選で野党候補を束ねる「統一名簿」構想をめぐり、野党間で論争が起きている。自由党の小沢一郎代表らが比例区の共闘策として実現を呼びかけるが、野党第1党・立憲民主党の枝野幸男代表は「迷惑だ」と完全拒否する。なぜ、そこまで強く否定するのか。そもそも統一名簿に効果はあるのか。

その発言は1月30日の記者会見で飛び出した。

「立憲が統一名簿に加わることはあり得ません。やりたい方は、我が党以外で進めてください。これ以上、我が党に持ちかけられるのは迷惑だ」。枝野氏はまくし立てた。

立憲最大の支援団体である連合の神津里季生(りきお)会長は前夜、東京都内で小沢氏と会談し、統一名簿について「野党が力を合わせて戦う象徴」と意欲を示していた。枝野氏はこれに「拒否」の決意を明確にした格好だ。枝野氏の激しい口調には、立憲内でも「『迷惑だ、とは何様だ』と反発を相当受けている」と戸惑いの声が漏れる。

【朝日新聞デジタル 配信】

最初の報道の

「股をくぐる」というのは、
『民主党政権時代の野田佳彦氏が2017年の民進党と希望の党との合流に関連して”先に離党した男”(細野豪志氏)の股はくぐらない”と発言した』
ことを思い起こしての発言だと思いますが、つまりは自分の(狭義の)政治信条を曲げるということをも想定した発言だと思います。

二番目の報道でも立憲民主党の枝野代表が
『これ以上、我が党に持ちかけられるのは迷惑だ』
とまくし立てたと書かれていますが、つまりはいわゆる野合の類に組しないということで、こちらは(狭義の?)政治信条を曲げることへの批判が滲み出ています。

野党、

特に共産党や立憲民主党に所属する議員は、「政治信条を曲げない」ことを、政治家にとって欠かすことのできない、いわゆる金科玉条(憲法)のように扱う姿勢が強いように思われますが、このことについて考えてみたいと思います。

では

「政治信条」とは何でしょうか。

簡単に言えば「どういう政治をしたいかという思い」ということになるものと思われますが、たとえば他党へ移籍するとそれが損なわれるのでしょうか。

近年「官僚の無責任な行為が発覚し、自民党の関与が疑われて、野党が追求する」という場面が多く報道されていますが、仮にその追求していた野党の議員が自民党に移籍するとしたら、これは政治信条(理念)を曲げることになるのでしょうか。

私は

「政治信条」というものはかなり深く(?)広い(?)ものであるべきだと思っています。

たとえば「不正を許さない」ということよりも、もっと生活に密着した根源的なもの、たとえば「安全で豊かな生活を保つ」というようなものであるべきだと思います。

勿論「不正の横行」は「安全で豊かな生活」を脅かすものではありますが、「不正を許さない」ことの他にも大事なことがたくさんあり、そちらにも目を配るべきだと思っています。

その意味では

浅い(?)狭い(?)範囲の「政治信条」でない限り、政党の所属変更程度では損なわれることはなく、むしろ浅い(?)狭い(?)範囲の「政治信条」にこだわって、頑なに新しい可能性を狭める姿勢こそが不幸の原因を作るものだと思います。

私は人類にとっての根源的価値は「経済」にあり、その「経済」における根源的価値は「生産性」にあると考えています。

日本の歴史を振り返ると

飢饉により餓死者が出たという記述を目にすることがありますが、食料の量産も、衣類の量産も、建物の量産も、その他多くの機械類の製造なども、これらは全て「生産性」の向上の成果であり、正にそれゆえに近年では比較的安価に食べ物を手に入れることができ、餓死者もほとんど見られなくなっているのではないでしょうか。

この「生産性」についてですが、これを向上させる主体は大企業であり、その精神は自由競争ということになると思われますが、この成果を定着させる主体は中小零細企業であり、その精神は弱者救済ということになると思われます。

つまり自由競争により「生産性」は向上しますが、その結果生み出された物が消費されなければ「生産性」の成果が定着したとは言えません。

極端に言えば、

従来は1兆円で1.2兆円分の商品しか生産できなかったものが、「生産性」が倍になり、1兆円のコストで2.4兆円分の商品が生産できるようになったとしても、倍になった1.2兆円分の商品が在庫したままでは利益に変わりがなく次の「生産性」向上に役立ちません。

2.4兆円分の商品が消費されて次の生産に回るには、消費者としての多数を占める中小零細企業を発展させることであり、そのためには弱者救済の考え方が貫かれることが大事だと思います。

大企業優先の政策を

信条とするのが自由民主党なら、中小零細企業優先の政策を信条とする政党としては、共生民主党という名がふさわしいかも知れません。

自由競争が行き過ぎると格差が生じ、弱者救済が行き過ぎると停滞が生じますので、その意味では互いが補完しあうことが大事になるものと思われます。

日本には

まだ中小零細企業優先の政策を信条とする政権政党が生まれていませんので、この際是非その萌芽でも芽生えてくれたらと思います。

そのためには(政権政党となるには)、あまりにも頑なで他者を受け付けない、狭義の政治信条にこだわる政党ではだめで、その意味ではやはり小沢さんへの期待は大きいものと思われます。