抗議 杉田議員辞職を

自民党の杉田水脈(みお)衆院議員(比例中国ブロック)が月刊誌への寄稿でLGBTなど性的少数者について「子どもを作らない、つまり生産性がない」などと主張した問題で、当事者や支援者らが27日、東京都千代田区の自民党本部前で杉田氏の辞職を求める抗議活動をしたそうです。

『抗議 杉田議員辞職を 自民党前、LGBTなど5000人』

https://mainichi.jp/articles/20180728/k00/00m/040/076000c
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自民党の杉田水脈(みお)衆院議員(比例中国ブロック)が月刊誌への寄稿でLGBTなど性的少数者について「子どもを作らない、つまり生産性がない」などと主張した問題で、当事者や支援者らが27日、東京都千代田区の自民党本部前で杉田氏の辞職を求める抗議活動をした。参加者は性の多様性を意味するレインボーカラーの旗やプラカードを手に「差別をするな」「人権無視する議員はいらない」と訴えた。

午後7時からの抗議行動には主催者発表で約5000人が参加し、次々にマイクを握って訴えた。支援活動を長年続ける原ミナ汰さんは「差別的な暴言は顔に唾を吐かれるのに等しい。今までは唾を吐かれても、いつかやむと思って黙ってきたが、暴言はボディーブローのように効いてくる。やめてくださいと言わないといけない」とアピールした。

抗議活動は北海道や福岡県の自民党支部前でも行われた。当事者を支援しているNPO北海道レインボー・リソースセンターL-Portの工藤久美子代表(43)は「当事者にとって、殺されるようなレベルの暴言。『死にたい気持ちになっている』『夜に一人でいられなくなった』という相談が増えた。何人死ねば分かるんだろうという気持ちだ」と憤った。

杉田氏は「新潮45」8月号の「『LGBT』支援の度が過ぎる」と題した寄稿で、「生産性のない」LGBTのカップルに「税金を投入することがいいのかどうか」と主張。不正確な内容を盛り込みながら、差別的な持論を展開した。

【毎日新聞 配信】

LGBTの人達への

支援が度が過ぎるということでの寄稿のようですが、まずLGBTという言葉の意味を整理したいと思います。

LGBTというのは、『女性同性愛のレズビアン、男性同性愛のゲイ、両性愛のバイセクシュアル、性同一性障害を含む肉体と精神の性別が一致しないトランスジェンダーの人々のそれぞれの英語表記lesbian、gay、bisexual、transgenderの頭文字を組み合わせた造語』と言われており、これらの人達は日本の人口の約8%ぐらいになるそうです

この

LGBTと対比される言葉にStraight(ストレート)という言葉がありますが、これは『身体の性別と心の性別が一致しており、異性を恋愛対象とする人、つまり身体と心の性別が男性で女性を恋愛対象とする人、あるいは身体と心の性別が女性で男性を恋愛対象とする人のこと』を指しているようです。

つまりこの問題の背景には、「ストレートと言われる人達が多数を占めている中で、LGBTと言われる人達が共に生活しており、この人達にとっては、少数者であるがゆえの暮らしにくさという問題が存在しているため、その改善を図るために支援が行われている」ということがあるようです。

このLGBTの人達への支援と、一方で少子化対策としての支援もあり、これらの支援(国家予算)を生産性という概念で比較したということのようですが、はなはだ視野の狭さを感じます。

生産性という言葉を

どのような意味で使っているのか良く分かりませんが、本来の生産性(日本の国力としての生産性)という意味なら、LGBTの人達も当然、仕事(社会的な働き)を通じて生産性に寄与しているものと思われます。

少子化対策により子供を増やすということは将来的な生産性に寄与するものであり、また仕事による価値創造は現実的な生産性に寄与するものであるため、生産性という意味で一方を低く見ることには無理があるような気がします。

「税金により、どの問題を優先的に解決するか」ということは、突き詰めれば「日本にとっての重要課題は何か」ということに尽きるのではないでしょうか。

その意味では、

このLGBTの問題は社会の仕組みに大きく依存する問題でもあり、また現実に今生活している人達の生き方そのものに係る問題でもありますので、決して軽視すべき問題ではないと思います。

国会議員という立場の人達は、ある意味では日本の国の方向性を決める立場におかれていると言っても過言ではなく、その立場の人が「生産性」という概念でLGBT支援を低く評価したとすれば、国民に大いなる不安を抱かせる発言(寄稿)だったと思います。

今回の発言(寄稿)や、それに対する政党の対応は「様々な発言を評価することで国会議員や政党を選ぶ」という国民の立場からすれば、一つの大きな判断材料を提供してくれたと、言えなくはないのではないでしょうか。